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Urotaの備忘録

思いついたことや発見したことをフワッと書いていきます。

遊べない性格

遊びとは何だろうか。私はあまり遊べない性格だと思う。

趣味なんてものもこの年になってないし、パチンコには行かないし、酒も飲まないタバコも吸わない。風俗も行ったことがない。

そもそもあまり遊ぼうという気持ちがないのだ。

しかし、最近思うのは「何が楽しくて生きているのだろう」ということだ。

人は遊ばずして、生きる意味を見出すことはできないのではないか。

たしかに、生きる意味として他者への貢献や自己成長を上げる人もいるだろう。

しかし、私はその他者貢献や自己成長でさえ、本質的には遊びであると考えている。

そもそも、遊びとは何だろうか?

遊び研究の第一人者であるホイジンガは次のように述べている。

遊びとは、あるはっきり定められた時間、空間の範囲内で行われる自発的な行為もしくは活動である。それは自発的に受け入れた規則に従っている。その規則はいったん受け入れられた以上は、絶対的拘束力をもっている。遊びの目的は行為そのもののなかにある。それは、緊張と歓びの感情を伴い、またこれは「日常生活」とは「別 のもの」という意識に裏づけられている

 

他者貢献も自己成長も自分の決めた事柄に自発的に従い、ある時間、空間の中で行為そのものを目的として実行されている。そして「緊張や喜び」を感じることができ、それを味わうことで非日常感を自身の中に演出している。

つまり、他者貢献も、自己成長も遊びであり、生きがい=遊びなのではないか。

そうであれば、自分自身の遊びの発見という課題は非常に重要なものである。

しかし、私は先ほども言ったようにあまり遊ぼうという気持ちが湧いてこない。

厳密には、遊べない性格なのだと思っている。

まず、積極性がない。すべての事柄について受け身である。また、完璧主義なところも遊べない原因の一つであろう。何かを始めると完璧にできるようになるまで気が済まないたちなのである。

果たして私は遊べるようになるのか。